安全化のアセスメント・ツール、R-マップとは

 私たちが生活してゆく上で、必ず通過するものにリスク体験があります。なべて人間が生み出した製品とサービスには、メリットとリスクの双方が含まれているといって良いでしょう。例えば。まだ終息の兆しもない巨大リスクの最たるものとして、原発の発電メリットVS被爆リスクがあります。また。直近の事故で明らかになった、トンネル施設の走行メリットVS未熟工事リスクなどなど、私たちの生活は、安全工学の観点からはメリットVSリスクの背中合わせで成立っています。

 この組合せは、危険VS効用という判断で私たちが評価し、社会の中で機能しています。お陰で、危険(リスク)VS効用(=利便)を秤にかけ、僅かでも効用が勝るものが製品やサービスとして流通することになるわけです。例えばリスクの逆さ読みとなるクスリは、効能と副作用を併せ持つ典型的なものです。他にもインフラに欠かせないエネルギー源として、ガス、電気、石油などは、簡単に使えるメリットと火事や中毒の人命危険のリスクを併せ持っています。 市場の1年間を1単位として、その製品やサービスで死亡や重症など重篤な被害がどれだけ発生するか、私たちの生活に回復不能な損害がどれだけ発生するか、というリスク判断で私たちは生活しています。

 発生頻度を下げる思想にフェイル・セーフ(冗長設計)があります。故障時に供えて、重要部品をダブルにすることです。ボーイング787型機のバッテリーシステムは1系統のみだったようですが、事実ならば、この思想が実現されていなかったことになります。

 リスクの大小はハザード(危険事象)の大きさと、その発生頻度の掛けあわせであるという事は、国際ルールとして定められています。リスクは0であるのが一番有難いと思われがちですが、国際基準である1990年発効のISO/IECガイド51では「絶対安全は存在しない。リスク0ではなく社会が容認できるまでに低減することが重要である」とされています。

 社会が容認できるリスクを製品に求める数値で表すと、100万台に1台すなわち10のマイナス6乗、1PPMです。1年間に製品が100万台流通して、1台にのみ重篤な被害の発生が社会の容認できるリスクです。1PPMのリスクを生活の場で見てみると、自動車で480キロ走行すると交通事故に遭うリスクとなります。それでは飛行機で移動しようと搭乗し、ジェット機で1600キロ飛行すると飛行機事故のリスクがあります。それでもやっと目的地についてやれやれと一服すると、1.4本の紙たばこで発ガンと心臓病のリスクが待っています。それならばとたばこを止めても、 喫煙者と2ヵ月間暮らして副流煙を吸込み、これまた発ガンと心臓病リスク。最近どうも胸が気になると、優良病院で胸部レントゲン撮影を1回受けると発ガンリスクが1PPM高まります。他にもピーナツバターを小匙40杯食べるとアフラトキシンによる肝臓ガンリスクに見舞われます。あれやこれやと私たちの生活にはリスクがありますが、ここは、存在する製品やサービスが危険効用基準をクリアした製品とサービスであることを念頭に、安心して利用して頂きたいものです。

 かように生活の中のリスクとは多様で判断に迷うものです。利便性よりも危険性に着目して使わない選択肢もあります。「寝てて転んだ試しなし」の考えです。元々リスクの語源はロック(岩)です。急流に散在する岩ですが、人はこの流れに乗物の原初である舟を漕ぎ入れて、初めてリスクを体験したのです。そしてこのリ...

スクを克服して安全を手に入れ、文化を発展させてきました。リスクに臨まなければ造船技術も操船技術も発展しなかったのです。リスクテイクを忌避し何もしないことこそ大きなリスクです。

 リスクが目で見えればどんなに安心でしょう。人は生物として五感から得た情報で行動しますが、ほとんどを視覚に頼っています。リスクが見えることで自分の安全を確認できると同時に、周囲に安全な方法を伝えるリスクコミュニケーションができます。この要望に応えることができる安全化のアセスメント・ツールが下図のR-マップです。アセスメントした対象が三つのゾーンのどこにプロットされるかで、リコールゾーンから安全ゾーンまでのリスクの位置が「見える化」されるのです。

            (この文章は日刊工業新聞の記事を一部修正して掲載しています)

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