R-Map:異なるリスクを比較するとは

 中国人は、世界のどこへ行っても単身で自立できる職業を持っており、それを三刃または三把刀と表現します。三つの刃とは、庖丁(ホウチョウ)で食品をきざむ料理人、鋏(ハサミ)で生地を断ち服を縫う仕立屋、剃刀(カミソリ)で髭(ヒゲ)を当たる床屋の三業の事を指しています。いずれも手に職能技術を持って知らぬ他国で財を成そうと懸命に働く、往時の漢民族の姿が目に見えるような言葉です。

 この三つの職業は刃物を生活の糧を得るための道具とすることが共通項ですが、刃物ですからリスクを伴います。刃物は安全を論ずる時、危険性vs有効性の解説によく例に出る道具です。「切れることが刃物の有用性で、手を切り危険だと刃を鈍くして切れなくすれば安全になるが、刃物としての存在価値(レーゾンデートル)がない」ということです。この説を例に引いて刃物のリスクを考えてみると、手を切るという直接的なハザードと刃物を使った役務の間接的なハザードがあります。庖丁を使う料理で死亡者がでるハザードにフグ料理があります。フグ毒(テトロドトキシン)は猛毒で今でも年間数人が被害者となります。釣り人がその釣果の放流を惜しんで、自分で調理することが主な原因です。フグのことを昔、巷間でテッポウ(鉄砲)といいましたが、「フグは食いたし命はおしし」というとおり、『当たれば死ぬ』ということをしゃれで表現した言葉です。国家資格の調理師のフグ料理は安全ですが、堪能しようとしても高価な高級料理のため、めったに食べられません。リスク論からいえば、調理師のフグを食べる機会が少なければ安全な分母が少なくなり、中毒の発生頻度を高めることになります。しかし、ハーム(harm・人的被害)は大いに下がります。

 ハサミを使う縫製業の業界で共通するハザードは三つあります。製品への異物混入(主に針の欠片)、移染(洗濯時の色移り)、ヤケドです。縫製業でヤケドの被害があるとは、ちょっと意外な気がしますが、寝具に真新しいシーツを掛けた時、子どもが喜んで飛び込み、肘などを摩擦熱でヤケドをするという事態が起きるのです。この他に、染料や静電気によるカブレ(皮膚疾患)があります。

 カミソリは前述の二つの刃物と違い、客の顔に直接接触させる使用方法が、かなりリスクを高めているといえます。客の側から見ても、例え理髪士と顔馴染みの店でも、所詮氏素性の知れぬ他人に身を任せるのです。心して望まねばなりません。

 最近は伝統的な理髪店よりも1000円床屋の方が隆盛で、顔剃り洗髪は省略されています。このタイプの店ではハサミは電動バリカンです。そのため、漢人が手先の器用さを発揮できる場が少なくなっていますが、見知らぬ他人に首の急所を差し出すハザードも減っているといえます。国家資格を持った技術者が持つ刃物に身をさらす機会がもうひとつが手術です。カミソリがメスに変わりますが、手術のリスクはびっくりするハイリスクです。日本人の死亡原因でトップは悪性新生物(がん)ですが、このがん手術の予後不良で再手術をするケースは大腸手術の場合、200件に1件です。5×10-3で、発生頻度だけをR-マップでみれば、A領域にはいる可能性があるリスクです...

。再手術が即、人命に繋がる訳ではありませんが、消費生活用製品の品質安全では、重大事故は1ppm(1、000、000分の1)を許容リスクとしますから、このことだけの比較では実に一万倍も高いことになります。この数値は、がん手術例がおそらく日本で一番多く技術も最高と思える、がん治療専門の高度治療病院のものであり、一般病院ではもっと高い数値となるかもしれません。

 

 

工場生産品と、いわば手作りで一件一態様のサービスの役務、手術を同じ土俵に乗せることは異論もあるでしょうが、使用者(手術の場合ならば受ける患者)の身になれば受けるリスクは己一身ですから敢えて比較すると、フグ料理と大腸がん手術は、ほぼ比肩するリスクであることがR-マップで「見える化」できます。

 

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