海外工場支援者のための「物流指導7つ道具」(その1)

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第1回 日本流物流はグローバルスタンダードにあらず

 

1.現地に持って行くべき「物流指導7つ道具」について

 
 製造業を取り巻く環境は厳しさを増しています。国内のものづくりの維持が難しさを極める中、海外、とりわけ新興国に進出する会社が続出しているようです。世界でも屈指の強さを誇る日本の製造業は、新興国に工場を建設し、その国内市場だけではなく他国への輸出拠点としても位置付けようとしています。
 
 このような状況の下、海外での事業展開で切り離せない機能が物流です。工場という定められた場所で世界最高レベルの生産技術を展開することは我が国の得意技ですが、物理的な地点をまたがる物流が得意であるという製造会社はそれほど多くないのでしょう。生産の領域では成功しても、物流領域で失敗している製造会社は多々あることも事実です。そこで今回の連載では「海外での物流を成功させるためのポイント」を解説します。工場建設や改善指導で現地に赴く支援者のために、現地に持って行くべき「物流指導7つ道具」を解説します。
 

2.日本流物流について理解しよう

 
 日本流物流について認識を合わせておきましょう。紙面の都合で代表的なものだけ記していきます。
 
(1)調達物流
 
 工場で部品や資材を調達する際の物流は誰がコントロールしているのでしょう。ほとんどのケースでは、サプライヤー側がこれを行っています。この物流費は一般的に部品代や資材費の中に含まれています。工場側ではサプライヤーにお任せ状態にあると言えます。
 
(2)工場内物流
 
 日本の得意とするジャスト・イン・タイム(JIT)方式をベースに生産ラインへの供給、完成品の引き取り、出荷準備などを行っています。工程間運搬は製造部門が、資材供給や出荷準備を物流部門が行っているケースが多いようです。
 
(3)販売物流
 
 原則として顧客の求めるものだけ生産する関係上、完成品の在庫は多くないでしょう。生産されたものを即トラックで出荷するというダイレクト出荷が多くなってきています。
 
(4)輸送
 
 国内の調達物流、販売物流に関しては、比較的短距離(500km以下)をトラック輸送にて実施しています。道路状況は極めて良好で、ドライバー品質も優れています。両サイドがオープンになるウイングタイプのトラックを使うことが多いようです。
 
(5)荷姿
 
 段ボールによるワンウエイ荷姿からプラスチックボックスによるラウンドユース荷姿が主流になりつつあります。短距離中心であるためか荷姿充填率にはまだまだ改善の余地があります。
 
(6)物流品質
 
 定時到着率、誤品・誤数納入の少なさ、輸送中の製品損傷の少なさなどは世界の中でも平均以上であると思われます。物流会社による荷扱いも丁寧です。
 
(7)物流セキュリティ
 
 寄託倉庫や輸送途上での製品の盗難は非常に少なく、稀に現金輸送車が襲われるという事件はあるものの、輸送中にトラックが襲われるという事件はほとんど聞いたことがありません。物流セキュリティは極めて良好と考えられます。
 
 以上のように日本流物流を整理してみると国内では物流を取り巻く環境は概ね良好であり、大きな問題が発生することは少なく、淡々と物流業務が行われているように見えます。実際のところ、工場に物流スキルに長けた人材がいなくても何とかやっていけていると言えるでしょう。この理由を整理すると以下の3点に集約されます。
 
  ①国土が狭い上、道路整備状況などのインフラも良好であり物流が容易。
  ②モラルの高い国民性のために物流工程で大きな「事件」が起きることは稀。
  ③工場内物流を中心に、JITなど生産方式が優れているためそれに追随する物流が確立されている。
 
 ただし高コストであることは間違いなく、製造会社にとって物流が宝の山であり改善余地が多く残されていることも事実です。
 

3.海外支援時の留意点

 
 日本の物流は上述のような特徴を持っています。そこで海外に工場を建設する際にこの考え方をベースに物流設計を行おうとするケースが多いようです。最も簡単なやり方は日本流物流を現地でそのままコピーして展開することです。実際にこのやり方を行っている会社も多いでしょう。しかし、この方法は少々安易であります。実際に筆者が海外進出した日系工場では次のような事例がありました。
 
・ウイングトラック仕様で出荷場を設計したが、現地ではトラックの後方から荷役を行うリヤゲート車が
 中心であり、荷台の奥の荷物の荷役に苦労した。
 
・日本のトラックサイズで納入場を設計したが、現地のトラックサイズの方が大きいため、トラックが道
 路にはみ出してしまった。
 
・現地では荷扱い時に荷を放り投げ...

第1回 日本流物流はグローバルスタンダードにあらず

 

1.現地に持って行くべき「物流指導7つ道具」について

 
 製造業を取り巻く環境は厳しさを増しています。国内のものづくりの維持が難しさを極める中、海外、とりわけ新興国に進出する会社が続出しているようです。世界でも屈指の強さを誇る日本の製造業は、新興国に工場を建設し、その国内市場だけではなく他国への輸出拠点としても位置付けようとしています。
 
 このような状況の下、海外での事業展開で切り離せない機能が物流です。工場という定められた場所で世界最高レベルの生産技術を展開することは我が国の得意技ですが、物理的な地点をまたがる物流が得意であるという製造会社はそれほど多くないのでしょう。生産の領域では成功しても、物流領域で失敗している製造会社は多々あることも事実です。そこで今回の連載では「海外での物流を成功させるためのポイント」を解説します。工場建設や改善指導で現地に赴く支援者のために、現地に持って行くべき「物流指導7つ道具」を解説します。
 

2.日本流物流について理解しよう

 
 日本流物流について認識を合わせておきましょう。紙面の都合で代表的なものだけ記していきます。
 
(1)調達物流
 
 工場で部品や資材を調達する際の物流は誰がコントロールしているのでしょう。ほとんどのケースでは、サプライヤー側がこれを行っています。この物流費は一般的に部品代や資材費の中に含まれています。工場側ではサプライヤーにお任せ状態にあると言えます。
 
(2)工場内物流
 
 日本の得意とするジャスト・イン・タイム(JIT)方式をベースに生産ラインへの供給、完成品の引き取り、出荷準備などを行っています。工程間運搬は製造部門が、資材供給や出荷準備を物流部門が行っているケースが多いようです。
 
(3)販売物流
 
 原則として顧客の求めるものだけ生産する関係上、完成品の在庫は多くないでしょう。生産されたものを即トラックで出荷するというダイレクト出荷が多くなってきています。
 
(4)輸送
 
 国内の調達物流、販売物流に関しては、比較的短距離(500km以下)をトラック輸送にて実施しています。道路状況は極めて良好で、ドライバー品質も優れています。両サイドがオープンになるウイングタイプのトラックを使うことが多いようです。
 
(5)荷姿
 
 段ボールによるワンウエイ荷姿からプラスチックボックスによるラウンドユース荷姿が主流になりつつあります。短距離中心であるためか荷姿充填率にはまだまだ改善の余地があります。
 
(6)物流品質
 
 定時到着率、誤品・誤数納入の少なさ、輸送中の製品損傷の少なさなどは世界の中でも平均以上であると思われます。物流会社による荷扱いも丁寧です。
 
(7)物流セキュリティ
 
 寄託倉庫や輸送途上での製品の盗難は非常に少なく、稀に現金輸送車が襲われるという事件はあるものの、輸送中にトラックが襲われるという事件はほとんど聞いたことがありません。物流セキュリティは極めて良好と考えられます。
 
 以上のように日本流物流を整理してみると国内では物流を取り巻く環境は概ね良好であり、大きな問題が発生することは少なく、淡々と物流業務が行われているように見えます。実際のところ、工場に物流スキルに長けた人材がいなくても何とかやっていけていると言えるでしょう。この理由を整理すると以下の3点に集約されます。
 
  ①国土が狭い上、道路整備状況などのインフラも良好であり物流が容易。
  ②モラルの高い国民性のために物流工程で大きな「事件」が起きることは稀。
  ③工場内物流を中心に、JITなど生産方式が優れているためそれに追随する物流が確立されている。
 
 ただし高コストであることは間違いなく、製造会社にとって物流が宝の山であり改善余地が多く残されていることも事実です。
 

3.海外支援時の留意点

 
 日本の物流は上述のような特徴を持っています。そこで海外に工場を建設する際にこの考え方をベースに物流設計を行おうとするケースが多いようです。最も簡単なやり方は日本流物流を現地でそのままコピーして展開することです。実際にこのやり方を行っている会社も多いでしょう。しかし、この方法は少々安易であります。実際に筆者が海外進出した日系工場では次のような事例がありました。
 
・ウイングトラック仕様で出荷場を設計したが、現地ではトラックの後方から荷役を行うリヤゲート車が
 中心であり、荷台の奥の荷物の荷役に苦労した。
 
・日本のトラックサイズで納入場を設計したが、現地のトラックサイズの方が大きいため、トラックが道
 路にはみ出してしまった。
 
・現地では荷扱い時に荷を放り投げることが当たり前に行われており、日本仕様の荷姿では製品の品質が
 保たれなかった。
 
・日本と同様のセキュリティ管理だったため、倉庫から頻繁に製品が無くなった。
 
 つまり、現地には現地に合った物流設計が必要だということです。日本の工場では物流のスペシャリストであったとしても、海外物流を見た事が無い人が日本流物流が正しいと思い込んで指導することは非常に危険です。日本流物流はグローバルスタンダードでありません。下図に、海外工場支援者の心得をまとめました。
 
              scm
 
 
 この文書は、『日刊工業新聞社発行 月刊「工場管理」掲載』の記事を筆者により改変したものです。
 
 

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この記事の著者

仙石 惠一

物流改革請負人の仙石惠一です。日本屈指の自動車サプライチェーン構築に長年に亘って携わって参りました。サプライチェーン効率化、物流管理技術導入、生産・物流人材育成ならばお任せ下さい!

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