キーテクノロジー 技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その5)

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 キーテクノロジーと聞くと、それってなに?どういうメリットがあるの?と思われるのではないでしょうか。キーテクノロジーとは、コア技術のことで「競争優位性を発揮する技術」ですが、競争優位性があると儲かるのは当然です。そう、キーテクノロジーを導き出せると儲(もう)かるのです。最近の事例では、業績が鮮明に分かれた自動車会社があります。トヨタとそれ以外の収益が大きく分かれました。

技術マネジメント

図1.自動車7社の営業損益(2020年3月期、出典:日経クロステック)

 

 その相違はトヨタの低コスト化技術と、ハイブリッドを中心とした低燃費技術が生み出したものです。最新の燃費ランキングによると、上位5車種はトヨタが独占。上位10車種までに拡大しても8車種をトヨタが占めています。

技術マネジメント

図2. 燃費ランキング(出典:e-燃費.COM 2020年8月17日調べ)

 

 トヨタは低コスト化と低燃費というキーテクノロジーを早期に見極めて磨きをかけてきた訳ですが、それが現在の収益につながっています。

 このように、キーテクノロジーの導出法を知ることには大きなメリットがあります。今回の記事で、次世代の事業に必要となるキーテクノロジーの導出方法について学ぶことができます。

 

1. キーテクノロジーの導出法

 キーテクノロジー導出といっても、競合から考えていけば良いのか?顧客課題から考えていけば良いのか?自社の強い技術から考えていけば良いのか?分かりにくいと思います。確かに、コンサルティングの現場では、3つのやり方のうち、クライアントに合ったやり方を提案して実行するのが普通で、専門的です。今回は一例として、簡単なツールをご紹介したいと思っています。

 その簡単なツールとは、「VFTマトリックス」というものです。VFTマトリックスを使うことで、誰でも簡単にキーテクノロジーを導き出すことができますので、ぜひ参考にしてほしいと思います。

 ところで、私事ですが、先日大雨が降ってきたので部屋干ししていたのですが、蚊がいたため蚊取り線香を炊いたところ、蚊はいなくなった気がしたのですが、洗濯物に匂いがついてしまいました。翌日からお風呂上がりに使う愛用の風呂上がりタオルの匂いは、しばらく蚊取り線香となりました。VFTマトリックスはこの蚊取り線香の事例で説明したいと思います。

 私は線香の香りは嫌いではありませんが、洗濯物についてしまうのは嫌です。こうした声を持っているのは私だけではないだろうと思います。

 「クレームは宝の山」といいますように、こうしたお客様の不満というのはヒントが満載です。技術者が「匂いがつくのが嫌」だと知ると、臭いがつかないような技術を開発するとか、そもそも匂わないようにする技術を考える必要があります。

技術マネジメント

 このようなタイミングでVFTマトリックスを作成すると、以下のようになります。顧客価値を抽出し、顧客価値を実現する機能を表現し、それを実現する技術仮説を記載するものです。

技術マネジメント

 なお、ここでお示ししたVFTマトリックスは、記事用に簡便にしたもので、実際に企業で使うシートは項目数が多く、技術者が直感的に分かるような内容です。上記のように、左に顧客価値、右に実現する機能、そして技術仮説を書いていきます。

 

2. キーテクノロジー導出の第2ステップ

 技術仮説として、図で示したA仮説とB仮説があります。蚊取り線香を作る技術者の視点で思いついた内容を書きます。なぜ仮説かというと、例えば、A仮説にある「粒子径」やB仮説の「空気中に漂わせる」などの技術を、技術者が考えたことが無いからです。そのため、あくまでも仮説にとどまるのです。

 このような価値から技術へという思考方法は誰しもやっていると思いますが、VFTマトリックスをわざわざ書くのは、書かなければ思いつきのアイデアで終わり、ほぼ検証しないで終わってしまうからです。また、マトリックスがなければもれなくアイデアを出せず、網羅性がないのです。

 せっかく有用情報が得られても、きちんと検討されたものでなければいい結果に繋がりません。きちんとした検討とは、網羅性や次に示す検証のことです。

 せっかく書いた仮説は検証する必要があります。そこで、A仮説については「繊維表面に引っかからない粒子径」があるかを技術探索します。B仮説についても同様です。

 学術情報や知財情報を使いながら該当する技術に訪ね当たるまで技術探索をします。ここで、効率のよい探索方法は適切なデータベースや検索式による検索です。Google検索などでも、検索条件次第でかなり精度のよい技術を検索することができます。

 技術探索の結果、A仮説(粒子径制御による繊維付着防止)は技術的に難しいことが分かる一方、B仮説には候補技術が見つかったとしましょう。そうすると、下図の様になります。

技術マネジメント

 上図に示す通り、B仮説は殺虫成分を空気中に漂わせる技術でしたが、技術探索の結果、超音波等によって霧状にして雰囲気中に噴霧していくという考え方ができました。加湿器の要領で液体殺虫剤を空中に噴霧するものです。粒子径を制御することで比表面積(質量/表面積)を最適化して空中に漂う時間を制御します。

 このような商品、世の中にあります。そう、液体蚊取りです。

 

3. VFTマトリックスでできるキーテクノロジー導出

 ここで、このような技術開発をすることで得られるものは何かを考えてみましょう。市場も技術も成熟化した市場では差異化要素がなくて利益率は徐々に低下します。蚊取り線香も例外ではありません。

 この事例では、成熟市場の顧客価値から霧状の噴霧技術というキーテクノロジーを導きました。この技術には2つのメリットがあります。一つは、仮に競合調査の結果、競合が研究開発していないとすると、差異化要素になりえます。2つ目には、蚊取り線香に必要な基材(燃えて煙になる材料)が必要ありませんので、原価低減になる可能性...

 

 

 キーテクノロジーと聞くと、それってなに?どういうメリットがあるの?と思われるのではないでしょうか。キーテクノロジーとは、コア技術のことで「競争優位性を発揮する技術」ですが、競争優位性があると儲かるのは当然です。そう、キーテクノロジーを導き出せると儲(もう)かるのです。最近の事例では、業績が鮮明に分かれた自動車会社があります。トヨタとそれ以外の収益が大きく分かれました。

技術マネジメント

図1.自動車7社の営業損益(2020年3月期、出典:日経クロステック)

 

 その相違はトヨタの低コスト化技術と、ハイブリッドを中心とした低燃費技術が生み出したものです。最新の燃費ランキングによると、上位5車種はトヨタが独占。上位10車種までに拡大しても8車種をトヨタが占めています。

技術マネジメント

図2. 燃費ランキング(出典:e-燃費.COM 2020年8月17日調べ)

 

 トヨタは低コスト化と低燃費というキーテクノロジーを早期に見極めて磨きをかけてきた訳ですが、それが現在の収益につながっています。

 このように、キーテクノロジーの導出法を知ることには大きなメリットがあります。今回の記事で、次世代の事業に必要となるキーテクノロジーの導出方法について学ぶことができます。

 

1. キーテクノロジーの導出法

 キーテクノロジー導出といっても、競合から考えていけば良いのか?顧客課題から考えていけば良いのか?自社の強い技術から考えていけば良いのか?分かりにくいと思います。確かに、コンサルティングの現場では、3つのやり方のうち、クライアントに合ったやり方を提案して実行するのが普通で、専門的です。今回は一例として、簡単なツールをご紹介したいと思っています。

 その簡単なツールとは、「VFTマトリックス」というものです。VFTマトリックスを使うことで、誰でも簡単にキーテクノロジーを導き出すことができますので、ぜひ参考にしてほしいと思います。

 ところで、私事ですが、先日大雨が降ってきたので部屋干ししていたのですが、蚊がいたため蚊取り線香を炊いたところ、蚊はいなくなった気がしたのですが、洗濯物に匂いがついてしまいました。翌日からお風呂上がりに使う愛用の風呂上がりタオルの匂いは、しばらく蚊取り線香となりました。VFTマトリックスはこの蚊取り線香の事例で説明したいと思います。

 私は線香の香りは嫌いではありませんが、洗濯物についてしまうのは嫌です。こうした声を持っているのは私だけではないだろうと思います。

 「クレームは宝の山」といいますように、こうしたお客様の不満というのはヒントが満載です。技術者が「匂いがつくのが嫌」だと知ると、臭いがつかないような技術を開発するとか、そもそも匂わないようにする技術を考える必要があります。

技術マネジメント

 このようなタイミングでVFTマトリックスを作成すると、以下のようになります。顧客価値を抽出し、顧客価値を実現する機能を表現し、それを実現する技術仮説を記載するものです。

技術マネジメント

 なお、ここでお示ししたVFTマトリックスは、記事用に簡便にしたもので、実際に企業で使うシートは項目数が多く、技術者が直感的に分かるような内容です。上記のように、左に顧客価値、右に実現する機能、そして技術仮説を書いていきます。

 

2. キーテクノロジー導出の第2ステップ

 技術仮説として、図で示したA仮説とB仮説があります。蚊取り線香を作る技術者の視点で思いついた内容を書きます。なぜ仮説かというと、例えば、A仮説にある「粒子径」やB仮説の「空気中に漂わせる」などの技術を、技術者が考えたことが無いからです。そのため、あくまでも仮説にとどまるのです。

 このような価値から技術へという思考方法は誰しもやっていると思いますが、VFTマトリックスをわざわざ書くのは、書かなければ思いつきのアイデアで終わり、ほぼ検証しないで終わってしまうからです。また、マトリックスがなければもれなくアイデアを出せず、網羅性がないのです。

 せっかく有用情報が得られても、きちんと検討されたものでなければいい結果に繋がりません。きちんとした検討とは、網羅性や次に示す検証のことです。

 せっかく書いた仮説は検証する必要があります。そこで、A仮説については「繊維表面に引っかからない粒子径」があるかを技術探索します。B仮説についても同様です。

 学術情報や知財情報を使いながら該当する技術に訪ね当たるまで技術探索をします。ここで、効率のよい探索方法は適切なデータベースや検索式による検索です。Google検索などでも、検索条件次第でかなり精度のよい技術を検索することができます。

 技術探索の結果、A仮説(粒子径制御による繊維付着防止)は技術的に難しいことが分かる一方、B仮説には候補技術が見つかったとしましょう。そうすると、下図の様になります。

技術マネジメント

 上図に示す通り、B仮説は殺虫成分を空気中に漂わせる技術でしたが、技術探索の結果、超音波等によって霧状にして雰囲気中に噴霧していくという考え方ができました。加湿器の要領で液体殺虫剤を空中に噴霧するものです。粒子径を制御することで比表面積(質量/表面積)を最適化して空中に漂う時間を制御します。

 このような商品、世の中にあります。そう、液体蚊取りです。

 

3. VFTマトリックスでできるキーテクノロジー導出

 ここで、このような技術開発をすることで得られるものは何かを考えてみましょう。市場も技術も成熟化した市場では差異化要素がなくて利益率は徐々に低下します。蚊取り線香も例外ではありません。

 この事例では、成熟市場の顧客価値から霧状の噴霧技術というキーテクノロジーを導きました。この技術には2つのメリットがあります。一つは、仮に競合調査の結果、競合が研究開発していないとすると、差異化要素になりえます。2つ目には、蚊取り線香に必要な基材(燃えて煙になる材料)が必要ありませんので、原価低減になる可能性もありえます。

 本当にそうなるのか?についての確認はきっちりとしなければなりませんが、差異化もでき、コストも安いとなると、いち早く研究開発して知財を押さえて模倣されないようにする必要があります。

 そもそも考えてみると、殺虫という価値に対して煙を出すことはなんの寄与もしていません。煙はあくまで殺虫成分を空気中に漂わせるためのものであって、直接霧状にしたほうが良いわけです。量のコントロールもオンオフ制御も容易です。目的に対して、より理にかなった技術といえます。

 つまり、このような技術開発に成功することで目的をローコストで達成できるというわけです。霧状にする技術は、将来の事業を支えるようなキーテクノロジーになります。

 上記のようにして、キーテクノロジーを導出する一例を示しました。実際、VFTマトリックスでアイデアを出していくと、様々なアイデアが出てきますので、ぜひ使ってみてほしいと思っています。

 そして何よりも重要なのは、このような考え方が技術者に浸透することです。技術者がこうした考え方を使いこなして定着すると非常にいい結果を生み出しますので、定着を狙った施策をしてみてください。ぜひ、価値から技術への流れを考えていただくようにおすすめします。

 

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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