家族のひと言や行動が刺激になってひらめいた事例2.-電話機 、飛行機 -

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1.親譲りの「会話」への関心が、電話機発明のきっかけになった、アメリカの発明家 アレクサンダー・グラハム・ベル

 
 電話機を発明した発明家アレクサンダー・グラハム・ベルは「会話」に強い関心を抱いて育ちました。これは、彼が生まれた家庭環境によるところが大きいのです。なにしろ祖父はロンドン大学の発声学教授、父もまた音声学の権威で、聾啞者に唇の動きで意味を伝える「視話法」の創始者として知られていました。ベル自身も、父を助けて「視話法」を教え、後にはボストンで聾啞学校の経営にも携ってもいます。
 
 親譲りの会話に対する興味と科学的関心から、ベルは音声の強弱に興味を抱き、音を固有の振動数に変えることを考えていました。そこでベルは、オルガンやハーモニカなどに使うリード(振動片)と振動板、そして電磁石を使いスイッチを切ったり入れたりし、あれこれ実験を繰り返していました
 
 1875年のある日、受信機が故障してしまった。助手の受信機のリードが電磁石にくっついたままになっていたのだ。しかしリードをはがしたときに、リードがブルンブルンと震えて、その音がベルの受信機にはっきり聞こえました。ついに音によって振動板とリードが動き、電磁石に誘導電流が流れることを発見したのです。この音声を電線に乗せて伝達する電話機の発見は、現代に通じる最高の発明になりました。この電話機の発明でひと財産を得たベルは、その後も蓄音機や聾啞者の発声の問題など、音に関する研究を続けました。
 


2.父のくれた玩具のヘリコプターから、飛行機への夢が始まった、アメリカの発明家 ライト兄弟

    hikouki1
 アメリカのウィルバーとオービルのライト兄弟が大空飛行への夢をふくらませた出発点は、父が旅行土産としてくれた玩具のヘリコプターでした。当時ヘリコプターは人を乗せて飛ぶにはほど遠い段階で、それだけ...

1.親譲りの「会話」への関心が、電話機発明のきっかけになった、アメリカの発明家 アレクサンダー・グラハム・ベル

 
 電話機を発明した発明家アレクサンダー・グラハム・ベルは「会話」に強い関心を抱いて育ちました。これは、彼が生まれた家庭環境によるところが大きいのです。なにしろ祖父はロンドン大学の発声学教授、父もまた音声学の権威で、聾啞者に唇の動きで意味を伝える「視話法」の創始者として知られていました。ベル自身も、父を助けて「視話法」を教え、後にはボストンで聾啞学校の経営にも携ってもいます。
 
 親譲りの会話に対する興味と科学的関心から、ベルは音声の強弱に興味を抱き、音を固有の振動数に変えることを考えていました。そこでベルは、オルガンやハーモニカなどに使うリード(振動片)と振動板、そして電磁石を使いスイッチを切ったり入れたりし、あれこれ実験を繰り返していました
 
 1875年のある日、受信機が故障してしまった。助手の受信機のリードが電磁石にくっついたままになっていたのだ。しかしリードをはがしたときに、リードがブルンブルンと震えて、その音がベルの受信機にはっきり聞こえました。ついに音によって振動板とリードが動き、電磁石に誘導電流が流れることを発見したのです。この音声を電線に乗せて伝達する電話機の発見は、現代に通じる最高の発明になりました。この電話機の発明でひと財産を得たベルは、その後も蓄音機や聾啞者の発声の問題など、音に関する研究を続けました。
 


2.父のくれた玩具のヘリコプターから、飛行機への夢が始まった、アメリカの発明家 ライト兄弟

    hikouki1
 アメリカのウィルバーとオービルのライト兄弟が大空飛行への夢をふくらませた出発点は、父が旅行土産としてくれた玩具のヘリコプターでした。当時ヘリコプターは人を乗せて飛ぶにはほど遠い段階で、それだけに、いつか大空を飛ぶという少年たちの夢を刺激したのかもしれません。やがて兄弟は凧揚げに夢中になり、グライダーを研究し、地道な実験を重ねました。そしてついに1903年、自分たちのつくった飛行機での飛行に成功します。このときの記録は、飛行時間59秒、飛行距離約26〇メートルでした。
  
 出典:「ひらめきの法則」 髙橋誠著(日経ビジネス人文庫)

◆関連解説『アイデア発想法とは』

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この記事の著者

髙橋 誠

企業のイノベーション戦略の構築と実践をお手伝いし、社員の創造性開発を促進し、新商品の開発を支援します!

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