決断こそが社長の仕事 (その2)

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1.事例:ある小売業者の新規出店検討(論理的思考についての説明)

 
 前回のその1に続いて解説します。「習うより慣れよ」ということもありますので、フレームワークを解説する前に、事例を考えながら論理的思考についてご説明します。ここでは、売上と利益の漸減に悩む小売業者が、新規出店すべきかどうかを検討している状況を考えてみます。
 

(1)構図を明らかにする

 社長の悩みは「D:新規出店」と「D’:現状維持」(=新規出店しない)という対立する行動のいずれにも妥当性があり、対応を決めあぐねていることです。なお、DおよびD’は参照するためのラベルとして付記しています。D’はDと対であることを示しています。
 
 このままではDとD’のいずれにすべきか結論が出せないので、それぞれ理由を吟味します。「D:新規出店」の理由には「B:収益拡大」、「D’:現状維持」の理由には「C:経営効率」が挙げられます。新規出店では売上と利益の増大が期待され、他方、現状維持では新規出店に伴うリスクを負わないことによって事業の安定が期待されます。さらに「B:収益拡大」と「C:経営効率」について見て行くと、両者は競合する訳ではなく「A:事業継続」という共通目的に基づいていることに思い至ります。DとD’は対立しているため一方しか成立しません。しかし、それぞれの理由であるBとCは「A:事業継続」という共通目的に基づいていて、BとCを両立すべきであることが分かります。AからD’の関係を図解すると、図1のようになります。図解により入り組んできた関係を明確に捉えられ、対策を考えやすくなります。
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図1.AからD’の関係
 

(2)前提を明らかにする

 次に、B←DおよびC←D’の前提について考えます。B←Dでは、新規出店により売上が増大する一方、仕入先や既存店のノウハウなどの無形資産を含めた経営資源の共通化で経費を抑制でき、利益がより増大するといった前提があります。C←D’では既存店舗での事業継続により、リスクを負わないという前提が置かれます。こうした前提を図1に加筆すると、図2のようになります。
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図2.前提の追加
 

(3)解決策を考える

 経営環境の変化により、販売すべき商品が変化してきたり、既存店舗で売上を維持できなくなったりということがあれば、C←D’の「既存店舗で売上を伸ばせる」という大きな前提が崩れて、新規出店が必要となります。これは「B:収益拡大」の観点から「D’:現状維持」、つまり新規出店しないとした場合の問題だということに留意してください。C←D’の前提を言い換えれば、新規出店には①ノウハウをもった人材を確保できない、②運営コストが膨らむ、といったリスクがあると仮定されています。したがって①既存店の人員を新店に異動する、②店舗運営マニュアルを作成し新店で利用する、といった、すでに持っている経営資源を活用して経営効率を維持するための解決策が必要となります。図示すると、図3のようにC←D’の前提で暗黙裡に挙げられていた問題に対する解決策を講じることになります。なお、本稿では「解決策」としましたが、解決の方向性を示す基本的なアイディアです。実行に移す際には、より詳細に検討する必要があります。
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 図3.解決策
 

2.一般的な流れ

前術の事例で述べたステップを振り返り、特定の事例によらない、一般的な流れで見ていきます。

(1)構図を明らかにする

 悩んでいる時には、つい対立する2つの行動(D、D’)を直接比較しがちですが、それでは結論を出すことは困難です。そこで、行動のもととなる要件(B、C)を考えてみます。さらに、2つの要件に共通する目標(A)を導きます。ここまでの検討で、図1のように図解できます。ところで、このような考え方はヘーゲルの弁証法やマーケティングに似ています。ヘーゲルの弁証法では対立は解決の糸口であり、対立する命題(主張)を定義することが出発点です。マーケティングでは、顧客が明確に認識している欲求(ウォンツ)と、その背後にある要件(ニーズ)とを区別して考えます。先に述べた行動(D、D’)は対立する欲求であり、要件(B、C)がそれぞれ背後にあります。全体の流れとしては、対立する行動(D、D’)を出発点として構図を明らかにし、共通目標(A)を達成するための要件(B、C)を満足する解決策を考えて行くことになります。
 

(2)前提を明らかにする

 図2のように、B←Dおよび...

1.事例:ある小売業者の新規出店検討(論理的思考についての説明)

 
 前回のその1に続いて解説します。「習うより慣れよ」ということもありますので、フレームワークを解説する前に、事例を考えながら論理的思考についてご説明します。ここでは、売上と利益の漸減に悩む小売業者が、新規出店すべきかどうかを検討している状況を考えてみます。
 

(1)構図を明らかにする

 社長の悩みは「D:新規出店」と「D’:現状維持」(=新規出店しない)という対立する行動のいずれにも妥当性があり、対応を決めあぐねていることです。なお、DおよびD’は参照するためのラベルとして付記しています。D’はDと対であることを示しています。
 
 このままではDとD’のいずれにすべきか結論が出せないので、それぞれ理由を吟味します。「D:新規出店」の理由には「B:収益拡大」、「D’:現状維持」の理由には「C:経営効率」が挙げられます。新規出店では売上と利益の増大が期待され、他方、現状維持では新規出店に伴うリスクを負わないことによって事業の安定が期待されます。さらに「B:収益拡大」と「C:経営効率」について見て行くと、両者は競合する訳ではなく「A:事業継続」という共通目的に基づいていることに思い至ります。DとD’は対立しているため一方しか成立しません。しかし、それぞれの理由であるBとCは「A:事業継続」という共通目的に基づいていて、BとCを両立すべきであることが分かります。AからD’の関係を図解すると、図1のようになります。図解により入り組んできた関係を明確に捉えられ、対策を考えやすくなります。
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図1.AからD’の関係
 

(2)前提を明らかにする

 次に、B←DおよびC←D’の前提について考えます。B←Dでは、新規出店により売上が増大する一方、仕入先や既存店のノウハウなどの無形資産を含めた経営資源の共通化で経費を抑制でき、利益がより増大するといった前提があります。C←D’では既存店舗での事業継続により、リスクを負わないという前提が置かれます。こうした前提を図1に加筆すると、図2のようになります。
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図2.前提の追加
 

(3)解決策を考える

 経営環境の変化により、販売すべき商品が変化してきたり、既存店舗で売上を維持できなくなったりということがあれば、C←D’の「既存店舗で売上を伸ばせる」という大きな前提が崩れて、新規出店が必要となります。これは「B:収益拡大」の観点から「D’:現状維持」、つまり新規出店しないとした場合の問題だということに留意してください。C←D’の前提を言い換えれば、新規出店には①ノウハウをもった人材を確保できない、②運営コストが膨らむ、といったリスクがあると仮定されています。したがって①既存店の人員を新店に異動する、②店舗運営マニュアルを作成し新店で利用する、といった、すでに持っている経営資源を活用して経営効率を維持するための解決策が必要となります。図示すると、図3のようにC←D’の前提で暗黙裡に挙げられていた問題に対する解決策を講じることになります。なお、本稿では「解決策」としましたが、解決の方向性を示す基本的なアイディアです。実行に移す際には、より詳細に検討する必要があります。
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 図3.解決策
 

2.一般的な流れ

前術の事例で述べたステップを振り返り、特定の事例によらない、一般的な流れで見ていきます。

(1)構図を明らかにする

 悩んでいる時には、つい対立する2つの行動(D、D’)を直接比較しがちですが、それでは結論を出すことは困難です。そこで、行動のもととなる要件(B、C)を考えてみます。さらに、2つの要件に共通する目標(A)を導きます。ここまでの検討で、図1のように図解できます。ところで、このような考え方はヘーゲルの弁証法やマーケティングに似ています。ヘーゲルの弁証法では対立は解決の糸口であり、対立する命題(主張)を定義することが出発点です。マーケティングでは、顧客が明確に認識している欲求(ウォンツ)と、その背後にある要件(ニーズ)とを区別して考えます。先に述べた行動(D、D’)は対立する欲求であり、要件(B、C)がそれぞれ背後にあります。全体の流れとしては、対立する行動(D、D’)を出発点として構図を明らかにし、共通目標(A)を達成するための要件(B、C)を満足する解決策を考えて行くことになります。
 

(2)前提を明らかにする

 図2のように、B←DおよびC←D’の前提を書き出します。これが、解決策を考える上で役立ちます。
 

(3)解決策を考える

 前のステップで挙げた前提を吟味し、対立する行動DとD’のいずれを消去すべきかを検討します。消去する行動が決定したら、そのための解決策(基本アイディア)を検討します。図3のように、B←DおよびC←Dのいずれかに対して解決策を記入します。

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この記事の著者

中津山 恒

経営をよくする!問題解決プロフェッショナル 〜 論理的思考とIT活用で目標を達成 〜

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