デザインによる知的資産経営:企業理念の具体化(その2)

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 企業理念の具体化(その1)に続いて解説します。今回は、具体性のある企業理念の策定(見直し)と、企業理念を具体的な規範に落とし込む手法について解説します。
 

2.企業理念の策定(規範策定の前に)

 
(1)企業の夢
 
 企業理念企業理念に基づいた具体的な規範、すなわち「企業の夢」を策定するにはどのようにしたらいいでしょうか。その前に、『風立ちぬ』の主人公であるゼロ戦の開発者、堀越二郎はどのように「夢」を定め、実現したかを振り返ってみましょう。
 
 彼は、旧制中学の時代に「飛行機を造りたい」という夢を抱いたようです。その当時、彼には数学や語学に強いという知的資産があったようであり、それが夢を裏づけていたのでしょう。おそらくその時点で飛行機造りに直結した資産はなかったと思いますが、第一高等学校を経て東京帝国大学工学部航空学科で学び、「夢の実現に向けた知的資産」を修得。卒業後、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社することにより、夢を実現し得る場に到達しました。飛行機を造りたいという夢がなければ航空学を学ぶことはなかったでしょう。本誌の読者が企業の創業者であれば、思い当たるところがあるのではないでしょうか。何かやりたいことがあって(起業者の思い・企業理念)起業したのではありませんか? 二代目、三代目も起業者の思いを理解して事業を承継しているのだと思います。
 
 その「思い」を社長室の壁から引っぺがし、全社員のものにする必要があります。しかも、時代に適した分かりやすい表現で。それが企業理念に基づいたデザインによる経営の第一歩です。「思い」が抽象的すぎるならば、この際、作り直してください。
 
(2)企業理念に具体性を注入する
 
 具体的な規範づくりの前に、企業理念に具体性を注入することが必要です。その1で例に挙げた「技術力に裏づけられた高品質の商品を提供し、お客さまに信頼される会社になります」という抽象的で経営判断の基礎とはなり得ないような企業理念に、時代性などを加味して、将来の経営や商品開発の指針となり得る具体性のあるものにしていく作業です。
 
 そのための第一ステップは、自社をどのような会社にしたいかを具体的に考えることです。もし、現在の企業理念が具体性に欠けるものであれば、少なくとも前回例示した大企業の企業理念程度の具体性を持たせる必要があります。これこそが企業の在り方におけるグランドデザインの中核になります。
 
 しばしば、企業の戦略策定においてSWOT分析という手法の重要性が指摘されています(SWOT分析は、その3、企業理念の規範化で詳述)。もちろん、SWOT分析は重要ですが、この分析手法においては企業理念が評価視点として位置づけられていません。「SWOT分析によって明確な目標が持てる」というようなこともいわれていますが、それは違うと思います。なぜならSWOT分析を行う際、よほど自社の強み・弱みを具体的に抽出しない限り、「皆、目指すところは同じ」という結果になってしまうからです。つまり、SWOT分析の前提として企業理念が必要なのです。企業理念を指針としてSWOT分析を評価することで、自社独自の道が見えるはずです。企業理念をSWOT分析の評価指針とするには、企業理念に一定の具体性を持たせることが不可欠になってきます。
 
(3)企業理念の策定
 
 従来からの企業理念に具体性を注入する、あるいは企業理念を新たに策定する場合、4つの観点が必要です。内的要因も外的要因も考慮せず、「真っ向からこういう会社にしたい」という経営者の主観的な夢。この夢を以下の4つの観点から自社や自社の置かれた環境を分析して統合する言葉を考え出し、さらに補強・修正を加えたものが企業理念になります。まさに企業の在り方のデザインです。
 
① 歴史
 
 今まで自社をどのような方針で経営し、どのような商品を生み出してきたかという歴史の確認です。歴史は「社風」として染みついていることが多いものです。経営者の夢と社風のせめぎ合いは多くの企業で見られます。
 
② 専門性
 
 自社の専門分野は何かをしっかりと把握することです。現状として複数の分野で事業を行っている場合も多いと思いますが、その根源となる分野は何なのかを確定することが重要です。分野の捉え方は、「樹脂」とか「振動機器」といった技術的な分野による場合もあれば、「食品」や「鉄道サービス」というような具体的商品(サービス)による場合もあるでしょう。専門分野を把握したうえで、自社はその分野でどのような優位性・劣後性を持っているのかを検証することです。いわゆるコアコンピタンスの把握です。
 
③ 俯瞰
 
 産業界において自社の属する業界や業界内での自社の立ち位置を客観的に把握することです。いわゆる外部環境分析に近いものですが、外部環境の中に自社を位置づけることが重要です。また、同業...
 企業理念の具体化(その1)に続いて解説します。今回は、具体性のある企業理念の策定(見直し)と、企業理念を具体的な規範に落とし込む手法について解説します。
 

2.企業理念の策定(規範策定の前に)

 
(1)企業の夢
 
 企業理念企業理念に基づいた具体的な規範、すなわち「企業の夢」を策定するにはどのようにしたらいいでしょうか。その前に、『風立ちぬ』の主人公であるゼロ戦の開発者、堀越二郎はどのように「夢」を定め、実現したかを振り返ってみましょう。
 
 彼は、旧制中学の時代に「飛行機を造りたい」という夢を抱いたようです。その当時、彼には数学や語学に強いという知的資産があったようであり、それが夢を裏づけていたのでしょう。おそらくその時点で飛行機造りに直結した資産はなかったと思いますが、第一高等学校を経て東京帝国大学工学部航空学科で学び、「夢の実現に向けた知的資産」を修得。卒業後、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社することにより、夢を実現し得る場に到達しました。飛行機を造りたいという夢がなければ航空学を学ぶことはなかったでしょう。本誌の読者が企業の創業者であれば、思い当たるところがあるのではないでしょうか。何かやりたいことがあって(起業者の思い・企業理念)起業したのではありませんか? 二代目、三代目も起業者の思いを理解して事業を承継しているのだと思います。
 
 その「思い」を社長室の壁から引っぺがし、全社員のものにする必要があります。しかも、時代に適した分かりやすい表現で。それが企業理念に基づいたデザインによる経営の第一歩です。「思い」が抽象的すぎるならば、この際、作り直してください。
 
(2)企業理念に具体性を注入する
 
 具体的な規範づくりの前に、企業理念に具体性を注入することが必要です。その1で例に挙げた「技術力に裏づけられた高品質の商品を提供し、お客さまに信頼される会社になります」という抽象的で経営判断の基礎とはなり得ないような企業理念に、時代性などを加味して、将来の経営や商品開発の指針となり得る具体性のあるものにしていく作業です。
 
 そのための第一ステップは、自社をどのような会社にしたいかを具体的に考えることです。もし、現在の企業理念が具体性に欠けるものであれば、少なくとも前回例示した大企業の企業理念程度の具体性を持たせる必要があります。これこそが企業の在り方におけるグランドデザインの中核になります。
 
 しばしば、企業の戦略策定においてSWOT分析という手法の重要性が指摘されています(SWOT分析は、その3、企業理念の規範化で詳述)。もちろん、SWOT分析は重要ですが、この分析手法においては企業理念が評価視点として位置づけられていません。「SWOT分析によって明確な目標が持てる」というようなこともいわれていますが、それは違うと思います。なぜならSWOT分析を行う際、よほど自社の強み・弱みを具体的に抽出しない限り、「皆、目指すところは同じ」という結果になってしまうからです。つまり、SWOT分析の前提として企業理念が必要なのです。企業理念を指針としてSWOT分析を評価することで、自社独自の道が見えるはずです。企業理念をSWOT分析の評価指針とするには、企業理念に一定の具体性を持たせることが不可欠になってきます。
 
(3)企業理念の策定
 
 従来からの企業理念に具体性を注入する、あるいは企業理念を新たに策定する場合、4つの観点が必要です。内的要因も外的要因も考慮せず、「真っ向からこういう会社にしたい」という経営者の主観的な夢。この夢を以下の4つの観点から自社や自社の置かれた環境を分析して統合する言葉を考え出し、さらに補強・修正を加えたものが企業理念になります。まさに企業の在り方のデザインです。
 
① 歴史
 
 今まで自社をどのような方針で経営し、どのような商品を生み出してきたかという歴史の確認です。歴史は「社風」として染みついていることが多いものです。経営者の夢と社風のせめぎ合いは多くの企業で見られます。
 
② 専門性
 
 自社の専門分野は何かをしっかりと把握することです。現状として複数の分野で事業を行っている場合も多いと思いますが、その根源となる分野は何なのかを確定することが重要です。分野の捉え方は、「樹脂」とか「振動機器」といった技術的な分野による場合もあれば、「食品」や「鉄道サービス」というような具体的商品(サービス)による場合もあるでしょう。専門分野を把握したうえで、自社はその分野でどのような優位性・劣後性を持っているのかを検証することです。いわゆるコアコンピタンスの把握です。
 
③ 俯瞰
 
 産業界において自社の属する業界や業界内での自社の立ち位置を客観的に把握することです。いわゆる外部環境分析に近いものですが、外部環境の中に自社を位置づけることが重要です。また、同業他社の経営方針や、どのような方向へ向かおうとしているのかといった情報も重要です。
 
④ 時代性
 
 俯瞰と密接な関係にありますが、産業界や自社の事業分野という範囲ではなく、社会全体の意識・方向性を把握することも必要です。「少子化」「高齢化」「エコ」「省電力」などが目に見える時代状況のキーワードですが、これ以外にもいろいろあるでしょう。どういったキーワード(観点)を見つけることができるか、これも企業の力です。なお、企業理念は企業経営を長くリードするものなので、時代性も長いスパンで捉える必要があります。企業理念が制定されていない企業、制定されていても抽象的に過ぎる企業においては、まず「主観的な夢」を描き、それを歴史、専門性、俯瞰、時代性という4つの観点から補強して企業理念を策定されてはいかがでしょうか。
 
 次回は、その3として、企業理念の規範化を解説します。
 
 

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この記事の著者

峯 唯夫

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。

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