日本における安全設計 機能安全(その2)

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  機能安全
 

【安全設計手法 連載目次】

 

 前回のその1に続いて解説します。
 

4. 日本における安全設計

 
 ところで、その1に日本では機能安全はあまりなじみのない概念であると書きましたが、では日本ではどうなっているのでしょう。 日本の産業界には安全の概念がないのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。それどころか、実際の品質、信頼性、安全性の実力は我が国はトップレベルの実力があるといって差し支えないでしょう。
 
 しかし問題は文化の違い、思想の相違というところにあり、機能安全規格の認証取得を行っている企業は皆そのギャップに戸惑ってきました。どういうことかというと、まず第一にリスクに対する考え方が根本的に違う点です。
 
  •  欧米 :『リスクをゼロにはできないので、許容できる程度に低減させることが重要』
  •  日本 :『「リスクはゼロにはならない、リスクを許容する」と公言することがはばかれる。品質活動によりリスクを限りなくゼロに近づけることが重要』
 
 日本の製造業はQC活動や、TQMなどに力を注いできました。当然、『安全性』が何を意味しているかは知っていますが、”機能安全”を理解する機会そのものがほとんどなかったわけです。次に挙げられるのが、「以心伝心」「建前と本音」「性善説」などの日本人固有の性質があると思います。リスクを論理的に討議して数値化するというやり方はなじまなかったのです。
 
 欧米は古くから多くの異民族が異なる言葉と慣習でせめぎあってきた社会であり、性悪説に立脚しながら明確かつ詳細に決めた上で厳格に監督しなければうまくゆくはずがないという考えに立っているため、ロジカルなアカウンタビリティが強く要求されるわけです。少し前に自動車会社がアメリカで訴訟を受けましたが、この件からの学びはこのアカウンタビリティにあったと思われます。 
 
 

5. 安全なものづくりの文化風土

 
 IEC61508やISO26262で要求している根本的なことは一言でいうと『安全文化』の構築と維持に尽きます。もちろん、技術的なことや手法、ドキュメントを揃えるというようなことも当然行うことになるのですが、最も重要視されるのがこの文化風土です。しかし、安全なものづくりの文化風土を作るとは何をすればいいのか という疑問が出てくることと思います。
 
 機能安全が今日のように喧伝される以前から、人命にかかわるようなものを作っている組織はどうなのか。私自身、長らく一般産業に属していて、そうした組織に所属してみるまで実感を持てませんでしたが、実際にそこで仕事をしてみると文化風土が まるで違うと感じました。以下は個人的感想です。
 
  • 手続きやプロセスが重たい
  • 根拠、証明(客観性のある説明性)が必要
  • 国や行政の法令、規制への厳格な適合
  • ルール、規程の作成・厳守・メンテナンス
  • コスト、期間を要する
  • 設計、製造、運用のライフサイクルの各段階での審査
  • 膨大なドキュメント量
  • 安全性>>信頼性...
 
  機能安全
 

【安全設計手法 連載目次】

 

 前回のその1に続いて解説します。
 

4. 日本における安全設計

 
 ところで、その1に日本では機能安全はあまりなじみのない概念であると書きましたが、では日本ではどうなっているのでしょう。 日本の産業界には安全の概念がないのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。それどころか、実際の品質、信頼性、安全性の実力は我が国はトップレベルの実力があるといって差し支えないでしょう。
 
 しかし問題は文化の違い、思想の相違というところにあり、機能安全規格の認証取得を行っている企業は皆そのギャップに戸惑ってきました。どういうことかというと、まず第一にリスクに対する考え方が根本的に違う点です。
 
  •  欧米 :『リスクをゼロにはできないので、許容できる程度に低減させることが重要』
  •  日本 :『「リスクはゼロにはならない、リスクを許容する」と公言することがはばかれる。品質活動によりリスクを限りなくゼロに近づけることが重要』
 
 日本の製造業はQC活動や、TQMなどに力を注いできました。当然、『安全性』が何を意味しているかは知っていますが、”機能安全”を理解する機会そのものがほとんどなかったわけです。次に挙げられるのが、「以心伝心」「建前と本音」「性善説」などの日本人固有の性質があると思います。リスクを論理的に討議して数値化するというやり方はなじまなかったのです。
 
 欧米は古くから多くの異民族が異なる言葉と慣習でせめぎあってきた社会であり、性悪説に立脚しながら明確かつ詳細に決めた上で厳格に監督しなければうまくゆくはずがないという考えに立っているため、ロジカルなアカウンタビリティが強く要求されるわけです。少し前に自動車会社がアメリカで訴訟を受けましたが、この件からの学びはこのアカウンタビリティにあったと思われます。 
 
 

5. 安全なものづくりの文化風土

 
 IEC61508やISO26262で要求している根本的なことは一言でいうと『安全文化』の構築と維持に尽きます。もちろん、技術的なことや手法、ドキュメントを揃えるというようなことも当然行うことになるのですが、最も重要視されるのがこの文化風土です。しかし、安全なものづくりの文化風土を作るとは何をすればいいのか という疑問が出てくることと思います。
 
 機能安全が今日のように喧伝される以前から、人命にかかわるようなものを作っている組織はどうなのか。私自身、長らく一般産業に属していて、そうした組織に所属してみるまで実感を持てませんでしたが、実際にそこで仕事をしてみると文化風土が まるで違うと感じました。以下は個人的感想です。
 
  • 手続きやプロセスが重たい
  • 根拠、証明(客観性のある説明性)が必要
  • 国や行政の法令、規制への厳格な適合
  • ルール、規程の作成・厳守・メンテナンス
  • コスト、期間を要する
  • 設計、製造、運用のライフサイクルの各段階での審査
  • 膨大なドキュメント量
  • 安全性>>信頼性 (冗長化、ダイバーシティ等)
 
 こう見てみると大変なことかと思うかもしれませんが、人命の損傷が発生したり、大多数に影響を及ぼし社会生活に多大なインパクトを与えるとなると必然的にそのようなことになるのだとしばらくして理解できました。
 
 なお、機能安全に関わるIECやISO規格適合を行うにあたりましては相応の時間、コストもかかりますので、無駄のない活動とするべく、実務経験のある有識者に相談するなど注意が必要です。
 
 次回に続きます。
 

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この記事の著者

石田 茂

ものづくりの基本は人づくりをモットーに、技術者の持つ力を会社の組織力につなげるための仕組みづくりの伴奏支援を行います。

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