
独自の技術や革新的なアイデアを武器に新たな市場を切り拓くスタートアップは、地域経済の活性化と持続的な発展を支える不可欠な原動力である。千葉県においても、先進的な事業に挑む起業家たちを多角的にバックアップし、地域からイノベーションを創出するための多面的な取り組みが着実に成果を上げている。
その中核を担う「千葉県革新的スタートアップ成長促進事業」のキックオフイベントが2026年7月9日に開催された。本記事では、当日の会場の様子とともに、採択されたスタートアップの事業概要、関係機関による来場者ピッチ、そして今後のイノベーションエコシステムの展望についてレポートする。
地域経済を牽引するイノベーション創出への期待と伴走支援の枠組み
本事業は、多様な課題に直面しながらも成長を目指す千葉県に拠点を持つスタートアップに対し、地域経済を牽引する中核企業へと飛躍させることを目的とした短期集中的な伴走支援プログラムである。令和5年度の事業開始以来、これまでに9社のスタートアップを支援してきた実績があり、すでにベンチャーキャピタルからの資金調達達成や、製品化に向けた共同研究パートナーの獲得といった具体的な成果を生み出している。
開会にあたり、千葉県商工労働部産業振興課長の青木氏は、スタートアップが果たす役割への期待を込めて挨拶を述べた。青木氏は、スタートアップを革新的なアイデアへの挑戦によって新しい市場や価値を生み出す存在であり、地域経済の活性化や持続的発展を後押しする重要な担い手であると位置付けた。その上で、本事業を通じて採択企業それぞれの状況や成長段階に応じた伴走支援を行うとともに、このキックオフが単なるスタート地点にとどまらず、支援機関や投資家、パートナー企業が広く出会い、繋がる機会となることへの大きな期待を示した。
本プログラムの運営を担うのは、米国ボストンを発祥とし、グローバルにイノベーションキャンパスを展開するCIC(Cambridge Innovation Center)である。CICは、スタートアップや支援者が集うリアルな拠点の提供のみならず、姉妹組織である「Venture Café」を通じたコミュニティ形成や、専門部隊(CIC Catalyst APAC)によるアクセラレーションプログラムの提供を強みとしている。
プログラムは4月の周知からスタートし、5月末の募集締め切り、6月の厳正な審査を経て、キックオフから本格的な伴走支援のフェーズへと移行する。個別のメンタリングやビジネスマッチング、必要に応じた専門セミナーなどを通じて事業化を加速させ、翌年2月から3月に予定されているデモデイ(成果発表会)において、その成長成果を社会に向けてお披露目するシナリオが描かれている。
課題解決に挑む採択企業4社の事業概要とピッチセッション

今回のプログラムには厳正な選考を経て4社のスタートアップが採択された。ピッチセッションでは、各社の登壇者が事業内容と技術の強みを発表し、コメンテーターとして参加した投資家との間で質疑応答が行われた。
- 株式会社MOFgraphy
株式会社MOFgraphy 代表取締役CEOの隅田 健治 氏は、「分離で産業を進化させる」というミッションのもと、MOF(金属有機構造体)と呼ばれる新規材料を用いた分離・精製技術の事業化について発表した。MOFは無数の細孔を持つ結晶性の多孔性材料であり、分子レベルでの構造設計が可能なため、用途に応じた最適な空孔サイズや化学的特性を自由に構築できる特徴を持つ。
同社は特に技術的難易度の高い「液相」での分離ノウハウに強みを有しており、一般的なHPLC(高速液体クロマトグラフィー)設備と同規格で利用できるMOFカラムの開発を進めている。これにより、従来の技術では分離が困難であった構造の近い分子や化合物の高品質な精製が可能となる。現在、ライフサイエンス、化学品、半導体、さらにはPFASや重金属の除去をはじめとする環境ソリューションなどの分野から引き合いを得ており、各種企業とのPoCを通じて最適な適用分野の見極めと事業モデルの構築を進める方針が示された。 - 株式会社Perfect Imaging Laboratory
株式会社Perfect Imaging Laboratory 最高技術責任者の森 慎一郎 氏は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)の認定ベンチャーとして、日帰りのがん放射線治療の実現に向けたシステム開発について紹介した。胸腹部のがん治療においては呼吸に伴う腫瘍の移動が課題となり、従来の体表面モニタリングや痛みを伴う侵襲的な金属マーカーの留置による位置特定には改善の余地が存在していた。
同社は、従来の金属マーカー留置に伴う患者の痛みや副作用のリスクを解消するため、同社はX線透視画像のみからリアルタイムで腫瘍位置を検出し、自動でビームの照射・停止を制御するマーカーレスのトラッキングシステムを開発した。臨床実績に基づく学術的な裏付けを強みとし、まずは粒子線治療施設をターゲットとして医療機器メーカーへのライセンス供与を進め、将来的には広大な市場を持つ一般放射線治療分野への展開を図る戦略が語られた。 - PhaseShift Technologies(創業前)
PhaseShift Technologies(創業前)代表の加藤 淳一 氏は、千葉県が世界的な埋蔵量と生産量を誇る地域資源「ヨウ素」に着目した事業を発表した。ヨウ素は医療用造影剤や液晶ディスプレイなどに使用される重要資源であるが、地盤沈下対策をはじめとする環境規制等の観点から地下水の汲み上げ量に制限があり、生産量の拡大が困難な構造的課題を抱えている。
一方で、年間約1,000トン(約120億円規模)にのぼるヨウ素が低濃度排水として未回収のまま捨てられている現状がある。同社は大学発の技術シーズを活用し、従来は回収できずに排出されていた低濃度排水中のヨウ素を、工場の排熱利用による温度制御(加温スイッチ型)のみで選択的に吸着・回収するソリューションを開発している。本技術により生産量の拡大と排水処理コストの削減を図り、将来的にはペロブスカイト太陽電池のリサイクルなど多様な資源回収への応用を目指す計画が示された。 - ReBond Materials株式会社(創業前)
ReBond Materials株式会社(創業前)代表取締役の加藤 優一 氏は、千葉大学発スタートアップとして、自動車部品や家電等に使用されるポリカーボネート(PC)樹脂のケミカルリサイクル技術を発表した。欧州におけるELV規制をはじめとする環境規制の強化に伴い、再生プラスチックの導入は産業界の喫緊の課題となっている。
従来の熱分解法によるマテリアルリサイクルでは単一の高品質な材料が必要とされるのに対し、同社はアンモニアを用いた化学的分解技術により、従来は分離が困難であった複合プラスチック(ポリカーボネートとABS樹脂の混合物等)から高品質なモノマー原料を分解・回収する技術を有する。さらに、分解の過程で副産物として肥料原料となる尿素およびABS樹脂が同時に回収できるため、複数の収益源を確保することで、環境価値と経済合理的コストを両立させる循環型ビジネスモデルの構築を目指すことを示した。
各発表に対し、コメンテーターとして参加した投資家からは、競合技術との優位性、量産化に向けたプロセス、導入コストと環境価値のバランス、海外展開におけるライセンス戦略などについて質問やアドバイスが出された。
来場者ピッチ――多彩なプレイヤーが織りなす支援と共創の輪

写真:来場者ピッチにてピッチをする プライム ライフ テクノロジーズ株式会社 笹氏
採択企業によるプレゼンテーションに続き、会場に集まった多様な支援機関や事業者による来場者ピッチが行われた。
当日は、株式会社SMBC Edgeの児島氏、株式会社C1 Capitalの沼田氏、株式会社ゼロワンブースターキャピタルの浜宮氏、プライムライフテクノロジーズ株式会社の笹氏、株式会社キャピタルメディカ・ベンチャーズの平岡氏、独立行政法人中小企業基盤整備機構の原田氏、千葉市産業支援課スタートアップ支援室の前坊氏、そして国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の江川氏という、多彩な組織からの登壇があった。
来場者ピッチでは、金融機関系ベンチャーキャピタルから大学認定ファンド、インキュベーション支援機関、行政、研究機関にいたるまで、それぞれのプレイヤーが自らのアセットや強みを提示し、スタートアップとの連携に向けた取り組みを発表した。例えばプライムライフテクノロジーズの笹氏からは、大田区で推進する「ものづくりコレクティブ」の取り組みを踏まえ、大田区のエコシステムを千葉県のエコシステムに接続し、千葉県のエコシステム構築に貢献したいとの考えが紹介された。地域に眠る技術シーズをいかに社会実装し、広域的なオープンイノベーションと結びつけるかという視点から、多角的な支援体制が共有された。
エコシステムの構築に向けて――CIC運営陣が示した共創の指針

イベントの司会進行を務めたCICの桑田氏は、本キックオフについて、事業開始の案内にとどまらず、スタートアップ、大企業、支援機関、投資家が接点を持ち、対話を開始するための場として活用してほしい旨を述べた。
プログラムの締めくくりとして、運営チームのCICの大坪氏(CIC Catalyst APACシニアマネージャー)が閉会の挨拶を行った。大坪氏は登壇者および参加者への謝意を述べるとともに、本事業を通じた1年間の伴走支援によって採択企業の事業化が進むことへの期待を示した。閉会後には集合写真の撮影が行われ、その後のネットワーキング時間において参加者間の情報交換が実施された。
まとめ:千葉の地から広がる新たなイノベーションの波
「千葉県革新的スタートアップ成長促進事業」のキックオフイベントでは、採択企業4社による事業内容の発表と、支援機関による取り組みの紹介が行われた。技術シーズを有するスタートアップに対し、行政、金融機関、投資家、事業会社などの各組織が連携して支援を行う枠組みが示されている。採択企業は今後、個別の伴走支援を受けながら事業モデルの検証や開発を進め、翌年春に予定されているデモデーにて成果を発表する予定であり、今後の事業展開とその成果に期待が集まる。
取材・執筆:ものづくりドットコム事務局
