
◆第6回 中国製造2025の真実、改正反スパイ法で何が変わったのか―中国で技術者と企業が守るべきもの―
◆[エキスパート会員インタビュー記事] 製造業を変革する力(森内 眞 氏)
中国の工場で技術指導をしていた頃、私は設備の不具合を見つけると、現場の写真を撮り、寸法や加工条件をノートに書き留めていました。日本へ戻ってから原因を検討し、改善案を作るためです。制御盤の配線、治具の構造、加工面の傷、部品の置き方まで、気になった箇所はできるだけ記録しました。製造現場の技術者なら、ごく普通に行っている仕事でしょう。しかし、現在の中国では、こうした行動にも以前より慎重な判断が求められます。「業務上必要だから撮影した」「品質改善のためにデータを持ち帰った」という説明だけで、すべて問題がないとは限らないからです。
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◆関連解説記事:第5回 中国製造2025の真実、コストだけでは勝てない時代
1.何が変わったのか
中国では、2023年7月1日に改正反スパイ法が施行されました。
改正で特に注目されたのは、スパイ行為の対象が、従来の「国家機密・情報」から、「国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」へ広げられたことです。
さらに、スパイ組織やその代理人が国家機関などへサイバー攻撃を行う行為も、取り締まりの対象として明記されました。関係機関が調査できる範囲や、企業などに求める協力についても規定が強化されています。
ここまでは、法律で確認できる内容です。
一方、「国家の安全と利益に関わる情報」が具体的にどこまでを指すのかは、外国企業や出張者が自分だけで判断するのは容易ではありません。
だからといって、一...

◆第6回 中国製造2025の真実、改正反スパイ法で何が変わったのか―中国で技術者と企業が守るべきもの―
◆[エキスパート会員インタビュー記事] 製造業を変革する力(森内 眞 氏)
中国の工場で技術指導をしていた頃、私は設備の不具合を見つけると、現場の写真を撮り、寸法や加工条件をノートに書き留めていました。日本へ戻ってから原因を検討し、改善案を作るためです。制御盤の配線、治具の構造、加工面の傷、部品の置き方まで、気になった箇所はできるだけ記録しました。製造現場の技術者なら、ごく普通に行っている仕事でしょう。しかし、現在の中国では、こうした行動にも以前より慎重な判断が求められます。「業務上必要だから撮影した」「品質改善のためにデータを持ち帰った」という説明だけで、すべて問題がないとは限らないからです。
◆関連解説記事:第1回 中国製造2025の真実、日本企業はなぜ中国との向き合い方を変え始めたのか
◆関連解説記事:第2回 中国製造2025の真実、技術移転はどこで道を誤ったのか
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◆関連解説記事:第5回 中国製造2025の真実、コストだけでは勝てない時代
1.何が変わったのか
中国では、2023年7月1日に改正反スパイ法が施行されました。
改正で特に注目されたのは、スパイ行為の対象が、従来の「国家機密・情報」から、「国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」へ広げられたことです。
さらに、スパイ組織やその代理人が国家機関などへサイバー攻撃を行う行為も、取り締まりの対象として明記されました。関係機関が調査できる範囲や、企業などに求める協力についても規定が強化されています。
ここまでは、法律で確認できる内容です。
一方、「国家の安全と利益に関わる情報」が具体的にどこまでを指すのかは、外国企業や出張者が自分だけで判断するのは容易ではありません。
だからといって、一般的な工場写真や図面が、すべて反スパイ法の対象になるわけではありません。設備の撮影や品質データの取得が、直ちに違法になると考えるのも正確ではないでしょう。
注意したいのは、情報の内容だけでなく、取得した場所、相手、目的、方法、保存先、国外への送信方法などを含めて判断される可能性があることです。
たとえば、重要施設に近い場所での撮影、地理情報の収集、許可を得ていない設備の記録、出所の分からない資料の受け取りなどは、特に慎重に扱う必要があります。
大切なのは、「何でも危険だ」と恐れることではありません。以前と同じ感覚で、技術者個人が判断してはいけないということです。
2.「技術資料だから大丈夫」は通用しない
私が中国の製造現場に関わっていたとき、現地工場から日本へ送る資料には、図面、工程表、不良品の写真、測定結果などが含まれていました。
設備の立ち上げや品質改善に欠かせない情報です。ただし、同じ資料でも、誰の所有物なのか、何のために取得するのか、誰に送るのかが曖昧であれば、思わぬ問題につながります。
取引先の許可を得ずに設備を撮影する。検査データを個人のUSBメモリーへ保存する。私用のメールやSNSで図面を日本へ送る。工場の資料をホテルへ持ち帰って整理する。
こうした行動は、日本でも情報管理上の問題になります。中国では、それに加えて、現地法令との関係も確認しなければなりません。
技術者に悪意がなくても、現場で説明を求められたときに、「誰の承認を得たのか」「何の目的で記録したのか」を明確に示せなければ、話が複雑になるおそれがあります。
3.情報を守る前に、人を守る
企業の対策というと、パソコンやUSBメモリーの管理が思い浮かびます。しかし、私が最も大切だと考えるのは、現地へ行く社員を迷わせないことです。
「問題にならないよう、気をつけてください」だけでは、現場の技術者は判断できません。
工場内のどこを撮影してよいのか。どの資料なら持ち出せるのか。測定データを日本へ送るときは、誰の承認を得るのか。訪問先で資料を渡された場合、その場で受け取ってよいのか。
こうした点を出張前に決めておく必要があります。
少なくとも、次のルールは必要でしょう。
- 持ち込む情報を最小限にします。他社の図面や過去の開発資料を大量に保存したパソコンを、そのまま持参する必要はありません。
- 撮影、複写、データ保存は、訪問先と自社のルールを確認してから行います。可能であれば、許可を得た記録も残します。
- 私用のスマートフォン、メール、SNS、クラウドサービスを業務資料の保存や送信に使わないことです。
- 現地で当局などから質問や調査を受けた場合の連絡先と対応手順を決めておきます。その場にいる技術者だけで判断させてはいけません。
また、反スパイ法だけを確認すれば十分というわけではありません。データ安全法、サイバーセキュリティ法、国家秘密保護法、個人情報保護法などが関係する場合もあります。
どの法律が適用されるかは、扱う情報や事業内容によって異なります。実際の業務については、現地事情に詳しい法律専門家へ確認する必要があります。
4.中国との取引をやめればよいのか
ここからは、私自身の考えです。
改正反スパイ法があるからといって、すべての中国事業から撤退すべきだとは思いません。中国には大きな市場があり、優秀な技術者や高い製造能力を持つ企業も数多くあります。
一方で、「これまで問題がなかったから、これからも大丈夫」という考え方は危険です。
中国で仕事を続けるのであれば、何を共有し、何を持ち込まず、誰の承認を得て、どの方法で送信するのかを決めておく必要があります。
必要な情報まで隠すのではありません。必要な情報を、決められた手続きに従って扱うのです。
改正反スパイ法によって変わったのは、技術者の仕事そのものというより、写真、図面、データ、会話など、日常の行動について企業として説明できる管理が、これまで以上に重要になったことではないでしょうか。
技術者を守るのは、本人の注意力だけではありません。
現場で迷わず行動できる基準をつくり、問題が起きたときには会社が支える。その仕組みを整えることが、中国と安全に付き合うための第一歩です。
※本稿は一般的な注意点を解説したもので、個別案件に対する法律上の助言ではありません。実際の事業活動や出張では、外務省海外安全ホームページの注意喚起などで最新情報を確認し、現地法に詳しい専門家へ相談してください。改正法は2023年4月26日に成立し、同年7月1日に施行されています。中国側の法令公布情報、JETROの関連情報も参考になります。
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