
◆ 第2回 中国製造2025の真実、技術移転はどこで道を誤ったのか 、日本企業の善意と、中国製造2025の現実

◆[エキスパート会員インタビュー記事] 製造業を変革する力(森内 眞 氏)
1.はじめに
技術移転は、本来悪いことではない。前回は、「中国製造2025」を契機として、中国ビジネスを取り巻く環境がどのように変化してきたのか、その背景について紹介しました。今回は、その変化を理解するうえで欠かせない「技術移転」について考えてみたいと思います。近年、「日本企業は技術を教え過ぎた」という意見を耳にすることがあります。しかし、この言葉だけを切り取ってしまうと、本質を見誤る恐れがあります。本来、技術移転は世界中の製造業で行われている、ごく一般的な企業活動です。海外工場を立ち上げる際には、生産設備を設置するだけでは工場は動きません。品質管理、生産技術、設備保全、改善活動、安全教育など、日本で培ってきたものづくりの考え方を現地へ伝え、人材を育成して初めて安定した生産が実現します。
私自身も、中国の工場で設備の立ち上げや品質改善、現地技術者への教育に携わってきました。当時、多くの日本企業には「現地で技術者を育てることが企業の成長につながる」という考え方があり、それは決して間違った判断ではなかったと思います。
2.現場で感じた、小さな変化
ここからは、私自身が現場で経験したことです。技術指導では、設備の操作方法だけを教えることはほとんどありません。私が最も時間をかけて説明していたのは、「なぜこの寸法なのか」「なぜこの順番で組み立てるのか」「品質を安定させるために、どこを管理するのか」という設計思想や改善の考え方でした。
日本のものづくりでは、「なぜ」を理解することが改善活動の出発点になります。理由を理解していれば、設備や材料が変わっても自ら考え、最適な方法を見つけ出すことができるからです。ところが、ある頃から現場の雰囲気に少し変化を感じるようになりました。
改善結果には非常に強い関心が示される一方で、その背景にある考え方や設計思想について議論する場面が以前より少なくなったよう...

◆ 第2回 中国製造2025の真実、技術移転はどこで道を誤ったのか 、日本企業の善意と、中国製造2025の現実

◆[エキスパート会員インタビュー記事] 製造業を変革する力(森内 眞 氏)
1.はじめに
技術移転は、本来悪いことではない。前回は、「中国製造2025」を契機として、中国ビジネスを取り巻く環境がどのように変化してきたのか、その背景について紹介しました。今回は、その変化を理解するうえで欠かせない「技術移転」について考えてみたいと思います。近年、「日本企業は技術を教え過ぎた」という意見を耳にすることがあります。しかし、この言葉だけを切り取ってしまうと、本質を見誤る恐れがあります。本来、技術移転は世界中の製造業で行われている、ごく一般的な企業活動です。海外工場を立ち上げる際には、生産設備を設置するだけでは工場は動きません。品質管理、生産技術、設備保全、改善活動、安全教育など、日本で培ってきたものづくりの考え方を現地へ伝え、人材を育成して初めて安定した生産が実現します。
私自身も、中国の工場で設備の立ち上げや品質改善、現地技術者への教育に携わってきました。当時、多くの日本企業には「現地で技術者を育てることが企業の成長につながる」という考え方があり、それは決して間違った判断ではなかったと思います。
2.現場で感じた、小さな変化
ここからは、私自身が現場で経験したことです。技術指導では、設備の操作方法だけを教えることはほとんどありません。私が最も時間をかけて説明していたのは、「なぜこの寸法なのか」「なぜこの順番で組み立てるのか」「品質を安定させるために、どこを管理するのか」という設計思想や改善の考え方でした。
日本のものづくりでは、「なぜ」を理解することが改善活動の出発点になります。理由を理解していれば、設備や材料が変わっても自ら考え、最適な方法を見つけ出すことができるからです。ところが、ある頃から現場の雰囲気に少し変化を感じるようになりました。
改善結果には非常に強い関心が示される一方で、その背景にある考え方や設計思想について議論する場面が以前より少なくなったように感じたのです。もちろん、熱心に質問を重ねる技術者も数多くいました。
一方で、「改善の考え方を学ぶ」というより、「完成した方法を短期間で習得する」ことに重点が置かれる場面が増えたという印象も受けました。これは私が複数の現場で経験した個人的な実感であり、中国全体を表すものではありません。現場や企業によって考え方や技術レベルには大きな違いがあり、一概に語ることはできません。
3.技術移転の本来の目的は「自立」を支援すること
日本企業が海外で技術指導を行う目的は、単に設備を動かせるようにすることではありません。現地の技術者が自ら考え、自ら改善し、継続的に品質を向上できる組織を育てることです。これは日本企業が長年世界各地で実践してきたものづくりの基本的な考え方でもあります。
一方、中国では国家として製造業の高度化を重要政策に位置付け、多くの企業が研究開発への投資を積極的に進めてきました。その結果、EV、二次電池、産業用ロボット、通信機器、電子部品などの分野では、世界市場で高い競争力を持つ企業が数多く誕生しています。
こうした発展は、中国企業自身による研究開発投資、人材育成、市場規模の大きさなど、さまざまな要因が重なった結果であり、「海外企業から技術を学んだから成長した」と単純に説明できるものではありません。
ただし、日本企業にとっては、この環境変化によって新たな経営課題が生まれました。それは、「どこまで技術を共有し、どこから先を自社の競争力として守るのか」という線引きを、これまで以上に明確にする必要が出てきたことです。
4.技術を守るという発想への転換
近年、日本企業だけでなく欧米企業でも、知的財産やノウハウの管理を強化する動きが広がっています。背景には、グローバル競争の激化やサプライチェーンの再編、各国の経済安全保障政策の強化などがあります。現在、多くの企業が重要視しているのは、「技術を教えない」ことではありません。
「共有すべき技術」と「守るべき技術」を明確に区別することです。
例えば、
- 製造条件の詳細な管理ノウハウ
- 設備制御ソフトウェアやアルゴリズム
- 独自の品質評価基準
- 長年蓄積してきた改善ノウハウ
- 工程データや品質データの解析手法
こうした情報は、企業の競争力そのものと言える技術資産です。一度流出すれば、簡単に取り戻すことはできません。そのため近年では、海外工場であっても情報へのアクセス権限を細かく設定したり、設計データを分散管理したりする企業が増えています。これは特定の国だけを対象にした取り組みではなく、グローバル企業に共通するリスクマネジメントの一つとして定着しつつあります。
5.技術者に求められる役割も変わった
私が若い頃は、「良い技術なら積極的に教える。」それが技術者として当たり前の姿勢でした。もちろん、その考え方は今でも大切です。しかし、時代は変わりました。
現在の技術者には、「何を共有するのか」だけでなく、「何を守るべきか」という視点も求められています。
これらは単なる資料ではありません。そこには企業が長年積み重ねてきた経験、失敗、改善の知恵が詰まっています。つまり、技術者は製品を設計し、生産設備を改善するだけではなく、企業の知的資産を守る役割も担う時代になったのです。
6.おわりに【技術移転の本当の教訓】
技術移転そのものは決して間違った取り組みではありません。むしろ、世界の製造業は国境を越えた技術交流と人材育成によって発展してきました。しかし、この十数年で企業を取り巻く環境は大きく変化しました。競争環境は激しくなり、知的財産や技術情報は企業価値そのものと言われる時代になっています。
だからこそ、これから重要になるのは、「教えるか、教えないか」という二者択一ではありません。
「自社の競争力を守りながら、どのように国際協力を進めるのか」という視点です。中国製造2025以降、日本企業が直面した変化は、そのことを改めて考えさせる契機になったと言えるでしょう。
次回予告(第3回)【改正反スパイ法で現場はどう変わったのか】
中国で事業を行う企業にとって、近年の法制度の変化は経営判断に大きな影響を与えています。次回は、公表されている制度の内容と企業の実際の対応、そして私自身が現場で感じた変化を区別しながら、技術者の視点で分かりやすく解説します。
※本記事は、筆者自身の海外技術指導経験と、公開されている政策・産業動向などを参考に執筆しています。本文中の現場での経験や所感は、筆者が関わった事例に基づくものであり、すべての企業・地域・組織に当てはまるものではありません。また、特定の企業・団体・国を批判することを目的としたものではありません。
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