経済性工学の原理原則 経済性工学 (その3)

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【経済性工学 連載目次】

1.投資効果算出の意味

 「投資」とはいったい何でしょう。わかっているようで、実はよくわかっていないことが多いものです。みなさんがすぐ思いつくのは設備投資でしょう。その他にも、情報化投資、研究開発投資、資本投資、人材開発投資、財テクなどがあります。

 経済の右肩上がりの時代には、投資効果など計算しなくても大きな問題はなかったようですが、本来、技術者にとって投資効果を意識しながら技術開発、製品開発、コストダウンを進めることが基本であるはずです。ここでは、投資効果に関する基本的用語、計算式、キャッシュフローをベースにした投資効果の計算事例を紹介します。特に、投資にまつわる業務に携わっている技術者は、セミナー受講や専門書の熟読により、もう少し突っ込んだ理解をしておいてください。

投資効果算出の意味

図1 投資効果算出の意味 

2.資本コスト

 借り入れや株式などで資本を調達するために必要なコストを「資本コスト」といいます。借り入れに対する利息の支払いや、株式に対する配当の支払いと増資のコストが具体的内容です。資本を提供された経営者は、投資家の要求するリターンを実現する義務がありますから、投資家の要求に見合うリターンを保障するために、資本コスト以上の利益を上げる必要があります。これが投資の採算計算の割引率として資本コストを使う理由です。その計算の結果、現在価値がプラスであればリターンが得られるということになります。企業の経理でその計算値はわかるはずですが、不明の場合には資本コストを概略10%として計算する場合が多いようです。

 

3.経済性工学(損得計算)の原理原則

 経済性工学(損得計算)を活用するうえで、押さえるべき原理原則を3つ紹介します。

  • ① これから発生する費用、収益だけを計算する。(埋没原価は加味しない)
  • ② 意思決定するとき、一つの案しか選択できない場合には「利益の絶対額」、複数選択できる場合には「効率(比率)」で判断する。
  • ③ 変化点に着目する。

 企業会計に使われる財務の計算では事後的な成果の計算であるため、後始末計算という人もいます。いっぽう、利益の拡大を主眼とした経済性工学(損得計算)では、将来に目を向けた計算が要求されます。両者の違いがはっきり表れる“埋没原価(sunk cost)”の考え方を説明します。これが1番目の原則で、間違えやすい非常に重要な考え方です。

 例えば、AさんがX販売店で100万円の中古車を買う約束をして手付金20万円を支払ったとします。その後、Y販売店でほぼ同条件の中古車が70万円で売られていました。どちらの販売店で購入したほうが得でしょうか。Aさんは次のように計算して、X販売店で購入したほうが10万円得であると考えました。 (a) X販売店の車は、あと80万円で買える。 (b) Y販売店の車は70万円だが、手付金20万円は没収されてしまうため合計90万円かかる。

 しかし、この判断は誤りです。手付金は、埋没原価(sunk cost)ということになり、これから車を買おうが買うまいがかかってしまった費用です。つまり、これから発生する費用、収益だけを計算すればよいのです。総支払い金額で比較するとよく理解できるので、表1に整理してみました。工場の既存設備を生産性の高い新規設備に更新する場合も、同じ考え方でよいのです。既存設備の帳簿価額は埋没原価(sunk cost)となり、これから発生する費用だけを比較するのです。

表1 中古車購入時の採算計算比較

 
  価格 手付金 これから 払う金額 総支払い金額
X販売店の車 100万円 20万円 80万円 100万円
 Y販売店の車  70万円  ― 70万円 90万円

 

 2番目の原則は、投資の優先順位です。投資額が同じ場合には、当然ROIなどの比率の大小でよいのですが、利益額が小さいにもかかわらず、ROIが高いために最優先課題になってはいませんか。実は利益の絶対額でおさえて比率は補完的に活用するのがベターです。なお、利益よりも回収の早いほうが有利と判断すると、ほとんどの案は投資しないほうがよいとなってしまいます。したがって、特にリスクの高い案件の場合に投資回収期間法を用います。

 3番目の原則は、損得を判断するのに比較する案に相違点がなければ優劣の評価はできないという点...

 

【経済性工学 連載目次】

1.投資効果算出の意味

 「投資」とはいったい何でしょう。わかっているようで、実はよくわかっていないことが多いものです。みなさんがすぐ思いつくのは設備投資でしょう。その他にも、情報化投資、研究開発投資、資本投資、人材開発投資、財テクなどがあります。

 経済の右肩上がりの時代には、投資効果など計算しなくても大きな問題はなかったようですが、本来、技術者にとって投資効果を意識しながら技術開発、製品開発、コストダウンを進めることが基本であるはずです。ここでは、投資効果に関する基本的用語、計算式、キャッシュフローをベースにした投資効果の計算事例を紹介します。特に、投資にまつわる業務に携わっている技術者は、セミナー受講や専門書の熟読により、もう少し突っ込んだ理解をしておいてください。

投資効果算出の意味

図1 投資効果算出の意味 

2.資本コスト

 借り入れや株式などで資本を調達するために必要なコストを「資本コスト」といいます。借り入れに対する利息の支払いや、株式に対する配当の支払いと増資のコストが具体的内容です。資本を提供された経営者は、投資家の要求するリターンを実現する義務がありますから、投資家の要求に見合うリターンを保障するために、資本コスト以上の利益を上げる必要があります。これが投資の採算計算の割引率として資本コストを使う理由です。その計算の結果、現在価値がプラスであればリターンが得られるということになります。企業の経理でその計算値はわかるはずですが、不明の場合には資本コストを概略10%として計算する場合が多いようです。

 

3.経済性工学(損得計算)の原理原則

 経済性工学(損得計算)を活用するうえで、押さえるべき原理原則を3つ紹介します。

  • ① これから発生する費用、収益だけを計算する。(埋没原価は加味しない)
  • ② 意思決定するとき、一つの案しか選択できない場合には「利益の絶対額」、複数選択できる場合には「効率(比率)」で判断する。
  • ③ 変化点に着目する。

 企業会計に使われる財務の計算では事後的な成果の計算であるため、後始末計算という人もいます。いっぽう、利益の拡大を主眼とした経済性工学(損得計算)では、将来に目を向けた計算が要求されます。両者の違いがはっきり表れる“埋没原価(sunk cost)”の考え方を説明します。これが1番目の原則で、間違えやすい非常に重要な考え方です。

 例えば、AさんがX販売店で100万円の中古車を買う約束をして手付金20万円を支払ったとします。その後、Y販売店でほぼ同条件の中古車が70万円で売られていました。どちらの販売店で購入したほうが得でしょうか。Aさんは次のように計算して、X販売店で購入したほうが10万円得であると考えました。 (a) X販売店の車は、あと80万円で買える。 (b) Y販売店の車は70万円だが、手付金20万円は没収されてしまうため合計90万円かかる。

 しかし、この判断は誤りです。手付金は、埋没原価(sunk cost)ということになり、これから車を買おうが買うまいがかかってしまった費用です。つまり、これから発生する費用、収益だけを計算すればよいのです。総支払い金額で比較するとよく理解できるので、表1に整理してみました。工場の既存設備を生産性の高い新規設備に更新する場合も、同じ考え方でよいのです。既存設備の帳簿価額は埋没原価(sunk cost)となり、これから発生する費用だけを比較するのです。

表1 中古車購入時の採算計算比較

 
  価格 手付金 これから 払う金額 総支払い金額
X販売店の車 100万円 20万円 80万円 100万円
 Y販売店の車  70万円  ― 70万円 90万円

 

 2番目の原則は、投資の優先順位です。投資額が同じ場合には、当然ROIなどの比率の大小でよいのですが、利益額が小さいにもかかわらず、ROIが高いために最優先課題になってはいませんか。実は利益の絶対額でおさえて比率は補完的に活用するのがベターです。なお、利益よりも回収の早いほうが有利と判断すると、ほとんどの案は投資しないほうがよいとなってしまいます。したがって、特にリスクの高い案件の場合に投資回収期間法を用います。

 3番目の原則は、損得を判断するのに比較する案に相違点がなければ優劣の評価はできないという点です。どこが代替案の違いなのかを数字で判断することで、差別化のポイントが鮮明になってきます。

 最後に、もう一つおさえておきたいキーワードがあります。“機会原価(Opportunity Cost)”と呼ばれ、機会損失と同義語です。具体的な意味は、例えば、2つの案を比較する場合に、採用された案が採用されなかった案と比較して、どれだけ利益を出せるかという見込みのことです。言い換えると、いままでの方法で将来も生産し続けた場合に比べて、新しい案はどれくらいの利益を生み出せるかです。

 以上の考え方で、技術者の仕事の成果が大きく変わります。

 

参考文献

  • 1) 千住鎮雄/伏見多美雄:経済性工学の基礎、日本能率協会マネジメントセンター、2000
  • 2) 鎮雄/伏見多美雄:経済性工学の応用、日本能率協会マネジメントセンター、1982

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この記事の著者

粕谷 茂

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